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  • 2017.02.21 Tuesday

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    このところ(映画のことは少し離れて)

    • 2017.02.21 Tuesday
    • 02:15

    『春の嵐』という、子どもには結構キツイ映画が昔あった。

    今夜は嵐というほどではないがやはり春らしく外は荒れて、ベランダの洗濯物は濡れているようだ。
    今日はタクシー仕事は休みで、家で酒を飲みながらこうやっている。
    酔いに任せて思いつくことを思いつくままに。
    フェイスブックはもう、ワシにとっての情報発信の主戦場となっているが、そして常時チェックするのが習い性になっているが、最近はそれも辟易である。
    ワシの「トモダチ」には矢鱈と「世界の隅々に目配り怠りなく」「ソーシャルで活動的で」「感性鋭く」「主張強く」「良心に溢れて」「リア充」な人々が多く、しかもそれを眼にして”ワシも頑張らねば”などとつい思ってしまう自分がいるから情けない。
    そもそも、なにかを発信する必要などあるのだろうか?
    …と言いつつ、ワシも今現在こうやって何かを発信しようとしているのだが。
    ひょっとすると、このワシ自身をワシが思っているように思っている人もいるのかもしれない。
    「ソーシャル」とはいったいなんぞや?
    ワシにとっては、「個人」しかない。したがってワシが書くことは極めて「アンソーシャル」でときどき人から窘められたりもするわけだが。
    そのせいか、妻が激しい「腹下し」をしたので、四年前に賞味期限が切れている正露丸を四粒、寝床に持って行って飲ませてやった。
    ワシは胃腸が異常に強く、腹を下したのは初めてインドに行った20代の頃しかない。多少腐って傷んで異臭を放つものを食っても大丈夫なのである。
    それはそうと、今日は久しぶりに嬉しい日だった。
    いや、このところ、去年から勿体無いくらいに嬉しい日々が続いていて、なんだか誰かに申し訳ないような気がするのだが、今日は不意打ちを食らったようなヨロコビだ。
    八年くらい前に知り合った、同世代のミュージシャンがいる。二年前に突然亡くなってしまったムクナさんというアフリカ・コンゴの古い友人がいて、彼とは共通の友人ということになる。
    その友人”A”はアフリカやキューバの音楽に造詣深く、自分で作ったカリンバを演奏し、パーカッションもうまかった。
    ベースも弾き、トランペットも吹く。おまけにプロの料理人でもあった。
    Aはムクナと伊豆や沼津やよみうりランドに演奏旅行に出かけ、ワシはビデオカメラを持ってそれにくっついて行ったりしていた。
    ムクナは190センチもある大きな男で、ひと回り年上、コンゴではかなり有名なパーカショニストだった。
    20年前に知り合ったが、彼はワシを弟のように可愛がってくれた。なんどもワシの車で一緒に何時間もドライブした。
    コンゴの公用語はリンガラ語、コンゴ語、フランス語なのだが、インテリでもあるムクナは英語を話した。何十年も日本に住んでいるのになぜか日本語は全然話せなかった。ワシはといえば、片言に毛が生えたような英語しか話せないが、それでもコミュニケーションに問題はなかった。音楽の話、社会の話、世界の話、いろいろ話した。
    ワシはミュージシャンではないので、そのぶん却ってムクナとは深い付き合いが出来たのではないかと思っている。
    Aは生活や様々な問題を抱えた3年ほど前に、急に塞ぎこんでしまった。
    なんども電話で話したりしたが、ワシにできることは何もなかった。かえってアレコレ言わないほうがいいようだった。
    二年ほど前にムクナが突然、亡くなってしまった。
    Aにはもちろんそのことを知らせたが、彼は葬儀にも現れなかった。もちろん、それを非難する気にはなれなかった。
    周りの皆も彼を気遣っていた。
    しばらく誰も連絡をとらなかったと思う。
    つい先週、ここ数年の妻の助力に感謝を表するべく、伊豆修善寺の温泉旅館に出かけた。その途中に伊豆高原を通った。妻はムクナはもちろんAのこともよく知っているので、伊豆ツアーの思い出話になった。
    「Aさんはどうしてるんだろね?」
    「ああ、ホントだね。どうなんだろう。この先の海沿いのモーテルにムクナとタブーとモフランと4人で泊まったんだよ。タブーのいびきがすごくってさ、Aがケチだから俺がコンビニまで朝飯買いに行ってさぁ…」
    と、もう終わったことのように思い出していた。
    温泉宿からの帰り、伊豆半島を縦断した。そのときワシは、「ああ、ムクナと来た時はこんな道はなかったな。海沿いをずっとAのクルマに着いていったなぁ」などと考えいていた。
    そのAから今日、数年ぶりに電話があった。
    彼はようやく長いトンネルを抜けだしたようだった。
    声が明るかった。
    御殿場で料理人として働いているようだった。
    ムクナたちとのツアーの間にワシが撮っていたビデオを見せてほしいという。
    嬉しかった。
    涙が出そうだった。
    そうだ。
    ワシはムクナとのことをちゃんとオトシマエ付けなきゃいかんのだな、と思った。
    それはきっとそれなりにキツイ作業だろう。
    しかし、自分の意志以上に強いものがあるのだろう。
    思えば、そういうものに従ってきた結果、いまのワシは、良くも悪くもあるのだと思った。

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